2005年5月8日(日)
no.16 風俗嬢 菜摘ひかるの性的冒険  菜摘ひかる 著

風俗嬢
菜摘ひかるの
性的冒険

 
菜摘ひかる 著

 
光文社
514円+税
 
2000年発行
上記画像は
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あなたの居場所はどこですか?
 
 ネットから生まれた本である。彼女が様々な風俗業を経験し、そしてその生き様が綴られた本である。キャバクラ、ヘルス、SMクラブ、ストリップ、イメクラ、ソープ…彼女は様々な業種を渡っていく。
 
 正直、最初はイヤラシイ、淫靡な世界というか、自分とは縁遠い世界だと思っていた。事実、最初購入し、読んだ時は、小さな子どもが雑木林の中、そう、人によって作られた、雑木林の中を恐る恐る、探検していく、そんな感じで読んでいた。でも今回ここで紹介する為に読んだ時、一番最初に感じたのは、今日の表題にした事だった。

「あなたの居場所は何処ですか?」
居れる場所であり、必要とされる場所、自分の存在が認められる場所…。

彼女はこう言う。
私はこの仕事が好きだ。向いているかどうかはわからない。もしかしたらちっとも向いてなんかいないのかもしれないが、ただ、好きなのだ。環境と自分の気持ちが変化しても、楽しいという事にはまったく変わりがなかった。ここは私の居場所。私はそれなりに必要とされている。…

私はドラックやアルコールやギャンブルなどのかわりに、勃起したペニスに依存しているのではないかと思う。快感を得るために私を必要だといってくれる人の存在が私には必要だ。心のよりどころそのものだ。男なんかどうしようもないと思っていて、時には憎んでさえいるのに、それでも私はもう彼らなしでは生きていけない

 彼女をイヤラシイ、汚らわしい人だとは思わない。別のサイトの書評で、「なぜこの本が読み手を惹きつけるか分からない」という書評があった。私もそうだった。でも今は違う。彼女は居場所をを求め、生きていたのだ。そこに手抜きはない。自身の現状を受け止め、生き進んでいたのだ。そして私はそこに強い共感と、尊敬の念を感じる。

 SEX、性というものは人から避けられないもの。そこに一つの居場所を探した彼女の生き様も否定されるものではないと思う。また、別のサイトでは仕事観という側面から読んでもという指摘もあった。確かにそう思う。そしてそう考えた時、なおの事思いが強くなるのはやはり、「居場所」という考えである。認知される事。それが根底にあるだろう。なぜここで日々私が文章を書くか。それはその日の自分を残したから。誰かに読んで自分の存在を認めて欲しいから。その思いは間違いなくある。そこに彼女に通じるものがないか?と問いを立てれば、違うとはいえない。

 私もまた自分の居場所を探しているから…

 そういう生き様を、性、SEXというある意味ふれにくい所までありのままに記し、そして居場所を探し、生き抜いたからこそ、彼女の本は読み手を引き付けるのではないかと思う。

 倫理感…。彼女の生き様が是か非か。その答えは出せない。自分が親なら体を張ってでも止めるだろうし、身内がそう生きたらそれも許せないと思う。ただ、彼女は存在した。そして彼女の著書に惹きつけられた、共感を持った自分もいた。これもまた事実である。

 本から貰えるものというのは時により異なると思う。ただそれが、どういう形であれ何らかの変化を起こすことは多い。この本も読んだ人に何らかの変化を起こさせる、そういった力を持った一冊だと思う。


「あなたの居場所はどこですか?」

追伸
今日のオススメリンクに彼女のサイトをいれた。もしこの本を読む時はそこの日記も合わせて読んで欲しい。
彼女は数年前に亡くなっている。
そこの日記を読み、晩年、結婚し、またパートナーを見つけた彼女を見つけてほっとした自分がいた。
真実はわからない。ただ彼女は本、そしてネットに生きた証を残している。それに触れるのも無駄ではない、そう思う。
今日のあれこれ
 昨日でGWの企画が終わった。ある程度、ペースがつかめてきた所で、もう一つ自身に縛りを。書評のジャンルである。今日彼女の本を取り上げた事で、ある意味自分ではジャンルを決めたつもりである。それはジャンルを設けない、という事である。本を紹介する中で自分で壁を作らないようにし、紹介していきたいと思っている。この本と!思った本をその時に!

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 自身の事…。どうしようもないマイナスな気持ち。出すと誰かを傷つける。出せない。余計フラストレーションが溜まる。全部ぶちまけてしまいたい。そんな時に、偶然でも周囲の人が力づけてくれる事が最近本当に多い。独りになって、改めて周囲の人のありがたさを感じる。5月病である事を心から祈る、自分。

望んで得た「孤独」ではないが、今を受け入れる為にこの言葉を自分に言い聞かせている。

自分の頭でものを考えよう、自分を生きよう、そう思ったとき、深い孤独が訪れる。
孤独は怖いものでも悪いものでもなく、創造の母であり、生きる歓びへと自分を押し出してくれるものだ。


つねに独りであるのを恐れ、みんなとともにあろうとして、あれないのが「寂しい人」では?

http://www.1101.com/essay/2001-08-08.html より
本日のお勧めリンク
http://www.archive.org/ (wayback machine インターネットの図書館のようなもの)

http://web.archive.org/web/20010607003620/http://www.natsu.net/index.html

http://web.archive.org/web/20000706193456/www.natsu.net/index.html
(そこから出してきた、著者 菜摘ひかるのHP)

http://muroi-yuzuki.cocolog-nifty.com/blog/ (室井祐月blog)
最初ならネットでこういうつながりって…と思ったかもしれないけど今は、これもいいんじゃ、と思う。そこにある一つのパワー興味のある方は是非!

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