事件は小さいけれど、悩みは深い
(本書帯より引用)
本の帯、そして題って結構本を買う動機になることが多い。今まで買った、読んだもので印象に残っているものといえば、「魚河岸マグロ経済学」「永家物語」「文学部唯野教授」「紙の中の黙示録ー三行広告は語る」ナドナド。この本は帯のこの文句に惹かれて買った。
丁度この本を買う前後に、身内を亡くした。結構な年だから、順番といえばそれまで、端から見たら小さい事。でも自分にとって結構大きな事だった。だからこそこの文句に惹かれた。
この本は正にこの「事件は小さいけど悩みは深い」という言葉を如実に表している。アマゾンのレビューでは評価が芳しくないが私はこの本を薦める。
宮崎駿が「もののけ姫」を作った時にもう一つの案で、「毛虫のボロ」という作品があったという。私の記憶ではこれは一匹の毛虫が一つの枝から別の枝に移るまでを映画にしたものだという。これも他者から見れば本当に小さい事。でも当事者の毛虫君(笑)にとってはとっても大きな問題である。場合によっては死活問題である。
人の場合もこれに近いものがあると思う。当事者でなければなんて事はないのである。失恋の時のあの思い。それもそうだし、そう、試験でもいい。もうすぐ試験!これって当事者にとってはそれなりの問題である。それを端から見て、大したことない!と見る事、これは必ずしも歓迎される事ではないと思う。事がどういう価値があるかはそれこそ当事者によりけりだと思うのである。
この本の事件。それは主題となっている事件だけではないと思うのである。これもアマゾンの書評で人物の描写が細かすぎるという意見があったが、私はこれは意図的、若しくはここが良さだと思う。出てくる人物一人一人がそれぞれの事件を持っているのである。それがまた主題の事件と微妙に絡んでくる。そんな社会の機微を描いたという意味でこの作品は秀逸だと思うのである。私は著者の「理由」を思い出した。
後は人と事件の関係性という面で「記憶」というものが本書ではキーワードになっている。
主題となっている事件はある一人の老運転手の死に関わる事である。その事件を明らかにしていく中で老運転手の時間軸を追っていく事になる。そしてそれは人を通して、つまり人の記憶を通し行われていく。娘、昔の同僚…。
記憶は勿論事件当事者のものではない。他者のものである。それにより事件はまた別の性格を持ち得るのである。そのあたりも丁寧に描かれている。
身内を亡くしたときであったから、自分が持つ亡くした人の記憶という事についても考えていた時だった。そんな時に思ったのは「忘却の利点」という事だった。
今回読んだ時に感じたのは…恋愛関係の事があったためか、登場する妹への否定的な思いと共にそうか!という思い。後はこの本全体に流れる時だった。「事件は小さいけど悩みは深い」でもその中で人は時を刻んでいっているという事実…。
このように「記憶」さらにはそれが展開する「時」についても考えさせられる事もある。
丁寧にそしてそれ故にシンプルにスマートに感じられる一冊だと思う。深いが読みやすい一冊。是非ご一読を!
2008/12/14
追記
続編にあたる「名もなき毒」もお勧めです。
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